なぜ独立しようと思ったのか?

こんにちは!コータです!

私は28歳で会社を退職して独立することを決断しました。

今回はその決断の経緯について書いていきたいと思います。

前回の記事で特別なスキル、人脈など何もない状態で退職に踏み切ったことについて、言及しました。

これを聞いて、

『バカなのか?』

『勇敢やな。』

『実家が太いとか?』

などさまざまな疑問や感想があると思いますが、どれも違うと言っておきます。

バカは否定できないかも…笑

少なくとも、人並み以上に勇気があるとか、裕福である、無謀な挑戦をするバカでははないと思います。

先ずはこれまでの自分の話を少しさせてください。

”安定=正解”と信じていた20代前半

私自身少し前まで、結婚して、家族を持って、定年まで働く。

そんな現代の”当たり前”を信じていました。

独立して、起業して自由に生活できるのは特別な人間だけで、自分のように突出した才能も能力もない人間は大きいものの庇護下に入るしか生き残れない。それが私の信念であり、一種の生存戦略だったのだと今は思います。

そんな私は理系の4年生大学を卒業し、電気メーカーの設計者として就職しました。正直、当時の自分の自己分析は言葉は悪いですが「カス」と言っていいほどでした。本来の性格を受け入れられず、理想の自分の投影を無理して演じ、それを本来の自分の姿だと思い込もうとしていました。なので、そんな仮初の自分を拾っていただいた会社様には感謝しても仕切れないほどです。

「本当にありがとうございます」と言いたいです。

それを言うと『辞めた奴が何言うてんねん。』と突っ込まれそうですが、働かせていただいた会社に対する感謝の気持ちと辞めた決断には自己矛盾はなく、どちらも自分の本心です。

”安定=安心”じゃなかった

働き始めて社会では色々なことが起きました。

コロナパンデミックから始まり、戦争、米騒動など不安を煽るニュースに溢れた期間だったと思います。私も日々のネガティブなニュースに翻弄され不安になっていた一人です。

ちょうど働き出して3年目くらいで、すこし仕事にも慣れてきたかなくらいの時、そのような不安が蔓延する空気感の中、私の中である疑問が浮上しました。

「この先、会社は自分を守ってくれるのか?」

答えはすぐに出ました。私の中で、その答えは明確に「ノー」でした。

今思うと終身雇用など、遠の昔に崩壊しているのは周知の事実で当たり前のことですが、そこでやっと自分の足で立つ必要性に直面しました。

こんな当たり前のことにすら、なんとなく生きている大学時代〜新社会人の自分には気付けませんでした。気付けなかったと言うより、現実を直視する勇気がなく、気付かないようにしていたのだと思います。

徐々に現実が見えてくるにつれ、会社員になって安定した道に進めば、あまり不安がない人生が待っていると思っていた自分の中の、”安定神話”が音を立てて崩れていきました。

なぜ辞めれないかを考えてみた

それに気づいたからと言ってすぐに辞められたかというとそんなことはありません。

それからまた2年くらいは将来のことをごちゃごちゃ考えていた気がします。

私自身、すごし心配性で慎重な性格なのは理解しています。

なので先ずはなぜ辞めれないかを徹底的に考え抜きました。

主に下記のような不安から独立に踏み切れないのが分かってきました。

  • お金の不安
  • 社会的地位がなくなる不安
  • 自分の価値がなくなる不安
  • 何をするのかわからない不安
  • レールから外れる不安

いろいろな不安が出てきて、やっぱり難しいかなと思う一方、一つだけ大事なことに気づきました。

「でも結局それくらいじゃ死ななくね?ほんでどうせいつか死ぬくね?」

心理学ではよく最悪な状況を想定すると物事を客観的に見れたり不安が減ると言いますよね。

そして、まさに最悪の想定をしたとき現代日本で貧困などの要因で死ぬことの方が難しいよなーと素直に思いました。

ましてや、自分自身が自分の価値をどう置くか、この先何をするかはコントロールが可能な範囲に収まっています。

なら何を怖がってたかというと結局、

「自分が自分のことを信頼することができてないんやろな」

との結論に至りました。

”自分の敵は自分”とは良く言いますが、これは心が弱い自分を敵とみなして、その弱い自分を強い心で打ち破ろう。みたいなニュアンスで使われることが多いと思います。

昭和の熱血感をひしひし感じますね笑

この言葉を胸に頑張れる人はいいと思いますが、誰にでも合う合わないはある物です。私にとってこの言葉は呪いのようなものであり、一番に払うべき特級呪物でした。

私は20年間生きてきた経験から自分に厳しくしたところで、自分が動ける性格ではないことを熟知していました。

心の中に、常に声だけ大きいパワハラ上司がいることを想像してみてください。

ただの地獄ですよね。。。

でも、このパワハラ上司の一番タチが悪いところは100%自分のためを思っているところだと思います。良かれと思って存在している自分の内省言語なので当たり前ですね。

そこで、自分はこのパワハラ上司の言葉によって自分が傷つくのが怖いんやなと気づきました。これに気づくと、良かれと思ってかけていた自分に対する厳しい言葉は逆効果ということが体感としてわかるようになりました。

そのことに気づいてからはどのような言葉を自分にかけるとが安心するかを考え始めました。そして一番効果があったのが「大丈夫」という言葉です。

「大丈夫」は魔法の言葉だった。

何か不安になった時自分に「大丈夫」という言葉をかけて自分を奮い立たせる方もいると思います。また自分ならできる、なんとか乗り越えられる、みないなニュアンスで使ってる方多いのではないでしょうか。

私はこの言葉を少し違うニュアンスで使い始めました。例えば何か問題に直面した時乗り越えられるか不安になったとします。私はその時に(別に乗り越えられなくても)大丈夫と自分に声掛けをするようにしました。確かに問題は乗り越えるに越したことはないですが、乗り越えられなくても自分の味方でいると決めるとそこに安心感が生まれます。

皆様もなにか失敗したとき、本当に痛いのは周りからの叱責ではなく自分からの言葉だったりしませんか?人からの言葉は一瞬ですが自分の言葉はしばらく残り続けます。

「自分はなんてだめなんだ」

「なぜあんなバカなことをしたんだ」

「なんでこんな簡単なこともできないんだ」

など、私は知らず知らずの内に、心の内側に敵を作り、その敵が怖くて逃げていたことに気づきました。そして、その敵を味方につける魔法の言葉が「大丈夫」でした。この言葉の本質はなんとか乗り越えられる根拠を自分の過去から探すのではなく、何があっても自分は自分の味方をするという未来の自分自身に向けての宣言にあると思います。

独立できるかもに変わった日

すこし不気味かもしれませんが「なにがあっても大丈夫、自分は自分の味方やで」と自分に言い続けていると、独立に対する不安が徐々にコントロール可能なものに見えてきました。私自身は特段何も変わっておらず変わったのは考え方だけです。

退職に際して、一番の不安はお金でしたが、しばらく収入がなくて貧乏になっても自分自身を罵倒することなく楽しく過ごそうと考えると、それも案外悪くないかもなと思えるようになったという感じです。

そこからは、一歩一歩進めていきました。まずは決意表明のため、退職願を作成しました。作ってる途中、辞める実感がでてきてまた怖いなと臆病な自分が顔を出します。その度に「大丈夫」と自分に言い聞かせなんとか完成させました。

後日上司を呼び出す時が正直一番怖かったです。尊敬する上司だったというのもありますが、「もう引き返せない」という恐怖はレールを外れたことがない私にとって相当大きかったことを今でも覚えています。そして無事退職願を提出し今に至ります。

ここまでが、独立するまでの軌跡になります。長文にお付き合いいただき、本当にありがとうございます。

私の経験や考え方が少しでも参考になれば幸いです。

おわり

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