こんにちは!コータです!
今回は少し趣向を変えて現代のテクノロジーについて私の考えを書いていきたいと思います。
とはいっても最新技術を解説するなど難しい話ではなく、
テクノロジーの進化で私たちの生活がどう変わったのかと言う切り口になります。
『AIに仕事を奪われる』と騒ぐ世間
昨今、AIブームが到来してますよね。
この記事を読まれている皆様も
文章生成、画像作成、動画生成、データ分析と
多岐にわたる用途で使用されていることかと思います。
私も自分の考えを深めたり、アイデア出しなど様々なことに使用しています。
今まで複数人でやっていた作業がAIによって短時間でできるようになるなど、
その利便性の高さを賞賛する人がいる一方で、
テレビやSNSでは、
2030年には半分以上の仕事がAIに奪われるだろう。
などとと言う、予言じみた不安を煽るような情報が散見されるようになりました。
こう言う予言あんまり当たってるとこ見たことないんやけど。。。
まーそれはともかく、
そんな情報に煽られて、死に物狂いでスキルを身につけて差別化を図ったり、
絶望感から自暴自棄になっている人が多く見受けられます。
でもね、これって冷静に考えておかしいと思いませんか?
私は正直この考え方については違和感しかありません。
何のためのテクノロジー?
そもそもテクノロジーの存在意義を思い出してみてください。
本来、テクノロジーの進化って「人間の生活を楽にするため」
もっと言えば「面倒な労働から人間を解放して、自由な時間を増やすため」
に開発されてきたはずですよね。
これって、AIに仕事を奪われて困るみたいな現代人の不安と完全に矛盾していませんか?
めんどうな仕事をAIに任せて、人間は楽に生きられることは、
本来メリットしかないはずですよね。
この矛盾の答えはお金と労働が完全に結びつき、そこに生存権を握られているから
という結論に収束すると考えています。
労働=生命維持装置の根本的バグ
そもそも、私たちはなぜ労働をしているのでしょうか。
社会に価値を提供するためですか?
それとも人々を笑顔にするためですか?
そう思って働いている方もたくさんいると思いますし、素晴らしい考え方だと思います。
では、あなたはお金がもらえなくてもその仕事を続けますか?
すこし意地悪な言い方かもしれませんが、
続ける続けない以前に続けられないと思います。
(資産家等は例外ですがそもそもこの問題の影響下からはみ出している方々なので
今は考えないことにします。)
なぜならお金と私たちの生存には切っても切り離せない関係が存在しているからです。
働く美徳が語られる時、たまに見かける主張に、
『狩猟採集時代の狩猟が今はお金稼ぎ引いては労働に変わっただけだから
働かなかったら食えないのは当たり前でニートはクズだ!』
などと言うものがありますが、
そもそも現在の労働と狩猟は根本的に違います。
狩猟:需要があれば供給が必要になる。
労働:需要がなくても、お金を得るために供給し続ける必要がある。
狩猟は生きるための営みであるのに対して、労働はそれ自体に意味がない場合でも、
お金をもらうために続ける必要が発生すると言うことになります。
これが何を意味するのかというと、
人々はどれだけ世の中に資源や食料が溢れ豊かであったとしても
それを得るための労働からは逃げられない仕組みが出来上がっていると言うことです。
これは狩猟採集時代の人々からすれば、
コミュニティにおいて、すでにたくさんの食料が手に入っている状態なのにもかかわらず、
狩猟採集に繰り出し、到底食べ切れないような量の食料を持ち帰るようなものです。
狩猟採集は生きる手段に過ぎず、生きるために必要のない食料をとってくる合理性は
一つもありません。
労働はお金という概念が間に挟まっているためわかりにくいですが、
本質からかけ離れた行為と言えます。
これは”手段の目的化”の典型例と言えます。
労働が生きる手段ではなく、労働させること自体が目的にすり替わっています。
ここでAIと労働の関係に話を戻します。
AIの台頭は農業革命・産業革命から続く「歴史の再放送」
労働自体が目的になっているからこそ、私は今後AIがどれだけ進化しても、
私たちの自由時間は増えないと考えています。
やることは変わっていくとは思いますが、
根本的に労働時間が減るということはないと思います。
というのも実はこれ、人類の歴史の中で何度も繰り返されてきているからです。
農業革命や産業革命が起こった過渡期、
人々は効率化されて自分たちの仕事が機械に置き換えられることに
不安を感じていました。
しかし、結果はどうでしょうか。
人々は機械を24時間稼働させるために使われ、労働時間はむしろ増加しました。
これってAIが出てきた現在の状況とほとんど同じではないでしょうか。
私としては「再放送何回やんねん。歴史から何を学んでん。」って感覚です。
またAI関連の話題で、もう一つ個人的に本当に違和感しかないことがあります。
AIと移民推進の矛盾
昨今、日本では急速な少子高齢化により人手不足が叫ばれるようになりました。
そこで、救世主のように登場したのが外国人の移民を増やすという政策です。
いやいや「ちょっとまて!」と。
大前提として、ヨーロッパではすでに移民政策が行われた結果
移民が増えすぎ、治安の悪化や社会インフラの逼迫など
さまざまな問題を起こし、結果的には完全に失策とまで言われています。
そのヨーロッパ諸国が先陣を切って証明してくれた失策を
日本政府はわざわざ後追いで推し進めようとしています。
ほぼ不可能ですが、百歩譲って、
日本では社会とうまく噛み合って移民とうまく共生できたとしましょう。
でね、結局何のための移民政策でしたっけ?
人手不足解消でしたよね。
これだけ、AIが台頭してきて、人の仕事が奪われると言われ続けてる状態で、
移民を入れて人手不足を解消しようとするって、
普通に考えて根本からバグり散らかしてませんか?
「失業者が増えるのが予想されている中で、外国人の労働者増やしてどうすんねん」
って私は思います。
どう考えても移民政策が論理的に破綻しているとしか思えません。
国家が余儀なくされる現実的な転換
そもそも、AIに仕事が奪われるとどうなるか考えてみました。
当然、奪われた人は職を失い、労働市場に投げ出されます。
例えば、50%の人が職を失ったと仮定しましょう。
エッセンシャルワーカーに流れる人は少なからずいると思いますが、
受け入れる人数にも限度があるため、そのまま失業者が大量発生することになります。
国としてはそのような状況を許容できるわけがありません。
失業者が溢れかえった社会=暴動、治安悪化、税収ゼロ、国家の崩壊を意味するからです。
政府としてもそれを放置することはシステム的に不可能です。
政府が生存権を人質に取れなくなった時点で、国家に従う正当性がなくなり
ブレーキが完全に壊れ、至る所で暴動が頻発し国自体が破綻します。
だから、国としては(今もそうですが)生かさず殺さずギリギリのラインで、
民衆を働かせ続ける必要があります。
ここで取れる手段としては、ベーシックインカムか、国が主導した雇用の強制創出
という形になるかと思います。
雇用の強制創出とは需要のないところに虚構の労働
(わざと汚染して、それを綺麗にするマッチポンプみたいな労働)
を生み出すことを意味します。
最近では権力を強めるためにベーシックインカムをやりたがっている
雰囲気をひしひしと感じるので、どちらになってもおかしくはないですね。
両方とも、労働が介在するか否かが変わるだけで、仕組み自体はほぼ同じなので。
いずれにせよ、政府への依存度はさらに高まるような気がしています。
ただ、ベーシックインカムについては不公平感がでてしまうこともあるので、
無駄な労働が増える方向にいくんだろうなと私は考えます。
まとめ
今回は、テクノロジーの進歩について私の考えを書いてみました。
テクノロジーはあくまでもツールであり、それ以上でもそれ以下でもありません。
ツールに振り回されて生きるより、ツールをどう利用して自由を勝ち取るかを
考えることが重要と考えています。
この先、どのように世界が動くか予測は難しい過渡期だからこそ、
どのような結果になっても政府に依存せず自分の頭で考えて行動することが、
求められる時代になると思います。
みなさまはAIの台頭についてどう考えるでしょうか?
同じ意見でも、違う意見でもコメントお待ちしております。
おわり

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